メモメモリー

寛解のつもりな双極性障害Ⅱ型の日常。計るだけダイエット、1日1つ捨てる片付け実施中。

うつ状態だから実家に帰ったのに”役割”を要求されもっと鬱へ

最初にうつ状態で休職になり実家に戻った時の話(数年前?)。

 

食事の準備でも、洗い物でも、新聞を外へとりに行くでもなんでもいいから家の中の仕事をしてくれと言われました。

 

その時の私の状況はパキシルの減薬で頭痛、吐き気、全身の倦怠感と自分のこともできない状態でした。入浴や洗顔、歯磨きなど。

というか、そんな食事を買いに行くこともできないほど弱っているから実家に戻ったのに、自分としては寝るだけの生活ができると安心して帰ったのに、そしてそうできるよう連れ戻しに来たのは母なのに、裏切られたような気持ちになりました。

 

評判のいい医者を探してくれたり感謝することも多かったです。でもこの家で過ごすなら何かしろ、と役割を求められました。それは親からすれば私に家にいる理由をつけてくれたんだと思いますが私にとってはなにかしなければ家にはおいておけない、という「条件」でした。

 

この時期は自分の発言を聞いてくれなかったり否定されるのが怖くて会話しようと思える相手がお医者さんだけでした。

「ゆっくり休むために帰ってるから仕事はできない」の言葉がでませんでした。

家族に言われているからその家族に相談もできず家から追い出されやしないかと不安な日々を過ごしました。

余計に何もする気が起きずひきこもりました。

 

両親のいう「仕事」は確かに簡単なことで家の中で居場所を作ろうとしてくれたようです。

ですが歯磨きや入浴もできなくなっている私にそんなことできるはずがない。

そしてまだ実家に帰ってそんなに経っていなかったので私の状態が両親にも実感として伝わらなかったんだと思います。

 

役割を求められた次の診察

両親も病院にきてくれました(なぜ来てくれたかは覚えていません)

まず私だけ入り、両親からの要求が辛いことを話しました。

次に両親も入り、先生が発言する前に両親が話し始めました。

家の一員であるのだから小さなことでいいから何かしてほしい、と。

先生は困ったように「休むために帰ってきたんですから…」と伝えてくれました。

その小さなことを行うのも厳しいことも。

このお医者さんは父の知り合いからの紹介ということもあってか両親はすんなに納得してくれました。

(私が探した医者なら「あの医者大丈夫か?」とでも言いだしたかも)

 

医者のいうことならすんなり聞く親でよかったです。

 

おかげでこれ以降数か月の間、ほぼ寝たきりの生活ができました。

 

 父はその私の姿を見て、そしてそれを周囲に話して周囲にそれが当たり前だと言われてやっと納得してくれたように思います。

うつ病の人は意外なほど周囲に大勢いらっしゃったみたいです。

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